使い続ける話し

我が家では隣町にある桶屋さん、森川風呂桶店のお櫃(ひつ)を愛用しています。

若い頃は旅行先の旅館や気の利いた食事処などで料理と共に見かけることはあっても、自分の家で使うことを考えたことはありませんでした。

自宅に炊飯器はあったし、炊飯器でご飯を炊いたらラップに包んで冷蔵庫に保存しておく方法が一番楽だと思っていたからです。

つまりお櫃はあったとしても余計なものだと思っていました。わざわざ買う必要もないだろうと。

ところが、使用してみるとその総合的な使い勝手が良いことに気づいたのです。

先ず美しい。

物に溢れている現代、私たちは機能性だけではなくそのビジュアルからしばしば物を選ぶことができます。

このお櫃はサワラと言う木材からできています。

切った木材を、オリジナルの定規を利用して組んだら丸くなるようカンナで削っていくのですが、その木目は美しく、つなぎ目はぴっちりと密着しています。

部材を引き締めるのに使用している銅製のタガは使い込むとピカピカから落ち着いた色へと変色し、全体のデザインを引き締めるアクセントにもなっています。

蓋を被せると程よい抵抗感があり、多少の通気を保ちながらもブカブカにならず、ピタリと閉まっていくのが分かります。この蓋が頭を形成し、炊いたご飯を入れる桶部と一体となった時にできるお櫃のフォルムは、食膳に独特の存在感を見せてくれます。

そして全体的にムダなデザインはありません。炊いたご飯を保存しておく、その仕事のために材料は厳選され、体は作られているのです。余分な贅肉を持たない、ただ競技を極めるアスリートの身体が美しいと感じる気持ちと同様、この木桶にも私たちは感動を得ることができます。見ていて飽きない気持ち良さが木桶にはあります。

続いて香りが良い。

お櫃は通常サワラ、スギ、ヒバ、ヒノキなどで作られますが、水分を含むと針葉樹独特の香りがします。

この香りは抗菌、防臭効果も併せ持ち、炊き上がったご飯の香りと相まって得もいわれない心地良さを感じるのです。所謂フィトンチッドというものでしょうか。

これは無機質的な素材では先ず感じることのできない、木製のお櫃ならではのものでしょう。

そして乾くと香りは落ち着く。何とも不思議かつ素材の醍醐味を味わせてくれます。私たちはこの香りに程よい幸福感を得ることができるのです。

そして最後に機能的である。

使い続けてすぐに分かること、それは炊きあがったご飯の余分な水分を木桶が吸い取ってくれ、ご飯を程よい状態に保ち続けてくれることです。

しゃもじでご飯を掬うと、木桶から、またご飯どうしから、ご飯が綺麗に掬い上げやすくなっていることに気づきます。これは明らかに炊飯器やタッパーからご飯を掬い上げる時と異なる感覚です。

かと言ってご飯はパサパサになることはありません。

木材に含まれた湿気は、櫃内の湿度を適度に保ち、ご飯自体が乾いてしまうと言うことはないのです。
木材は湿気を調節するために呼吸しているのです。

更に、吸湿した木桶は洗いやすいことに気づきます。ご飯がベタつくことがないため、ご飯を食べて木桶が空になったら水を入れ、暫く浸しておくと残ったお米は底に落ち、そのことで桶は格段に洗いやすくなり、水で流しながらスポンジでそっと撫でるだけで綺麗に洗うことができます。わざわざスポンジに中性洗剤を含ませて、泡が洗い落ちるまで流すことはしなくて良いのです。それは節水にもなるでしょう。

この美しさ、香り、機能性は毎日使うものだからこそ、使えば使うほどその品物の性質を理解し、理解が深まると木桶の仕事、つまり炊いたご飯を保存すると言うその仕事を追求した結果故の姿形に対する愛情が沸くのです。

そして毎日使えばいつかはほころぶもの、そこで桶屋の存在があるのです。

お櫃、手桶、風呂桶、たらい、家の中には桶が沢山あったのです。

だからこそ、少しのがたつきや修理は桶屋へ持っていけばあっという間に直してくれ、修理費などは受け取らなかったのです。

先人は使っている道具の性質を尊重し大切に使い続け、道具は使い続けられることにより角が取れ生活に馴染んでいき、そして綻びが生じた時最小限の修繕を職人に依頼してはまた使い続けたのです。

そこにある姿は、今私たちの生活で聞かない日はない、でも実現することが難しい「サステナブル」そのもの。

私たちは使い続けることでモノとの付き合い方を知り、使い続けることでモノとの付き合いの終わらせ方を考えます。それはただ廃棄するだけではなく、人に譲ったり、用途の異なる物に形を変えてみたり、現状に合うそのモノに適切な処分を下すことなのではないかと思うのです。

私たちは少し前の時代の道具から様々なことを学ぶことができます。そして職人は仕事そのもので私たちに物事を教えてくれます。

それは職人が頭脳で教えてくれるのではなく、仕事を続けてきたことによる繰り返しが静かに教えてくれるのです。

何百年もの歴史がある木桶はそんな洗練された道具の一つなのだと思うのです。

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